鬱とがんを乗り越えチュニジアへ。織物キリムとの出会いにより、フレキシブルにたくましく変化/佐藤 惠理(さとう えり)さん《ライフシフターNo.29》

プロフィール

・チュニジア産キリム販売 ”Lone Toujane ”(ローヌ トゥジェン)代表
・株式会社 DYCインターナショナル ダールヤスミン 東京支局長、 チュニジア女性のエンパワメント推進部 ガベス県 トゥジェン 担当 ・チュニス日本青年団 世話役

1963年 神奈川県生まれ。東京都在住。
2014年10月、チュニジア産キリムの個人輸入業『Lone Toujane:ローヌゥトゥジェン』を開業。チュニジアと日本を行き来し、南部 のホストファミリー宅への滞在を重ねながら現地独特のキリムの紹介、フェアトレー ド、製品化に努める。また、首都チュニス在住のコーディネーター・ビジネスパートナー道上朋子氏との恊働により、両国の文化紹介・プロモーション、雑貨の販売を通してチュニジア全体の振興、雇用開発や女性支援、幼児教育の環境向上などの問題に取り組む。 同居の家族は会社員の夫と社会人二年目の長男。長女は平成元年生まれ、ドイツ在住。

・座右の銘:「自分の心と直感を信じる勇気を持ちなさい。それはあなたが本当になりたいものを すでに良く知っているのだから。」 by スティーブ・ジョブズ
・影響を受けた本:『君たちはどう生きるか』吉野源三郎/『世界の終わりとハードボイルド ワンダーランド』村上春樹
・影響を受けた映画:「母なる証明」「バックドラフト」

HP :lonetoujane.velvet.jp
web shop : http://lonetoujane.shop-pro.jp
facebook : http://www.facebook.com/ lonetoujane
Instagram : lonetoujane

短期大学卒業後、団体職員として3年間働いた後、結婚。サラリーマン家庭の主婦として、転勤による転居を重ねながら、子育てに集中しました。しかし、第二子出産後、体調を崩し、1997年に鬱病と診断されます。以来その頃からの記憶がほとんどないほど激しい心身の不調を抱え、「とにかく生き延びる」日々を送ります。その後、回復の過程の中で社会的リハビリや生活を整えることを目的として、2003年保険会社のパートタイム事務職に復帰。
子供たちが成長するにつれ見えてきた、家族の持つ大きな問題への対応、残る心身の不調に七転八倒しつつ、日々「暮らす」ことに追われる毎日を過ごしていました。

海外旅行に生きる喜びを見出すも、甲状腺がんが発覚

2013年、主婦として、パートタイム職員として過ごす日々の中、学生時代から強い関心があった海外への旅に、難しい状況や鬱病との闘いからの開放感や生きる喜び、自分自身の存在感を見いだすようになっていました。
この年の夏、義兄が長い闘病の末にがんで亡くなったのですが、その直後、初のチュニジアへの旅の後に私自身も甲状腺がんが発覚します。それまで砂漠の方面へ行かなかったことに後悔が残っていたため、再びチュニジアを訪れることを目標に、がん闘病と2014年3月の手術を乗り越え、この年の6月、チュニジア南部再訪を果たしました。

チュニジアで魅せられたキリムとの出会い

チュニジア南部再訪の際、辺境峡谷の村トゥジェンで織られている“キリム”に出会い、その独特の色と柄に魅せられてしまいました。

すでに帰国の機内で「こんなすてきなものを日本に紹介したい!」と思い、ウェブショップ開業に向けて動きはじめましたが、当時は言葉も話せず、商売も未経験、右も左もわからない状態。
「何か得られるかも」と思い、8月に、チュニジアのガイドブックから情報を得た、兵庫県のチュニジア雑貨店、ダールヤスミンを訪ねてみました。

偶然にもその日、ガイドブックの執筆者でありダールヤスミンの経営者でもある道上朋子氏が、本拠地のチュニジアからたまたま戻っており、逢って話ができたことから一気に事態が進みました。

起業を目標に、婦人科の疾病の手術も乗り越え、2014年10月、11年間続いていたパートタイム事務を退職。長期滞在を可能にしてチュニジアへ渡り、道上氏との恊働を開始し、12月には何のスキルも知識もないままパソコンを買うところから始めて、四苦八苦の末ウェブショップを立ち上げました。

人間死ぬ時はひとり、トライしておけば良かったという後悔は残したくない

義兄の思わぬ早世、自分もがんになり手術、入院してひとり病室の天井を夜な夜な 見つめて思ったことは、「人間死ぬ時はひとり、そのとき、病院の天井を見ながら何を思うか、あの時、トライしておけば良かった、という後悔は残したくない」ということでした。

自分自身の鬱病や難しい子育てで、記憶も自分自身も、人生も「失くした」ような状態でありました。しかしそんな中で、子供の頃からずっと好きだったこと・もの、すべてが“チュニジアのキリム”、この一点に集約されてスパークし、多くの出会いを呼び、短期間での、それもまったく未知の、正反対の立場へのライフシフトへのエネルギーとなったと思います。

夫と子供たちは、多少は驚いたようでしたが、鬱やガンでどんよりして何もできずにいる私の姿を見ていたので、「それなりの年齢にもなり、積極的に未知の世界に飛び込んで何かを始めようとするのは良いことだ、まあがんばって!」という態度でした。

子どもたちには、あれこれ口うるさく不安定で面倒くさかった母親が、ぱっと子離れし、問題意識を持って社会参加することで、自主自律・自立の一例を示せたかと思います。夫も、いろいろな面で協力してくれており、お互いに、◯◯元気で留守がいい、といったところでしょうか。

高齢の私の両親は、「一家の主婦とあろうものが長いこと家を空けたり、あちこち飛び回ったりするなどいかがなものか」、と苦々しく思い、また何より体のことが心配でたまらないようでしたが、私が元気で生き生きと働いている様子を、具体的に見てもらうことで安心してもらえました。

チュニジア全体の振興に寄与したい

現在は、「Lone Toujane」として展示販売を行いつつ、まだまだ知られていない“チュニジアのキリム”を、生活に取り入れる提案、バッグなどへの製品化に力を入れています。一方で、品質向上や正当な経済活動としての産業化、組合づくりに向けて、キリムの織り手である現地の一般家庭の女性たちとの交流を重ねています。そして、キリムづくりの技術と伝統を守るべく、次世代の育成や、まだ知られていない、市場には出回っていない織物の掘り起こしや商品化を行っています。

ダールヤスミン東京支局長として、関東エリアでのイベントにおけるチュニジア雑貨の販売、現地における輸出業務、商品開発、日本とチュニジアとの交流、プロモーションにも携わり、チュニジア全体の振興に寄与するべく活動中です。

精神的にも肉体的にも、フレキシブルにたくましく変化

就業時間が決まっていて規則正しい組織での事務職から、自営業となり、何もかもが自主的に、自己責任、自己判断で行わなければならないという状況へと変化しました。自由を得ましたが、責任は膨大に増え、特に時間管理においては、鬱病による心身の不安定さが残る身には厳しい側面もありますが、精神的にはとても鍛えられています。

消費者一辺倒から、販売する側、個人事業主となって確定申告をする立場となり、世の中との関わり方、見方がまったく変わりました。知り合う方々の数とその影響、人生の幅や深さ、広さと、世界観のサイズも計り知れないほど大きくなったため、生活にもメリハリが生まれ、より本質を見極めるような優先順位の付け方に変わったように思います。

自分のペースでできることが増えたので、楽になった部分もあります。慣れぬ販売、接客を、連日一日中立ちっぱなしで行うなど、体力的に難しく思う部分もありますが、達成感や直接お客さまの反応に触れることができる喜びは何ものにも勝っています。
日本以外の土地で過ごす時間が圧倒的に増え、長時間の移動にも慣れましたし、言葉が通じなくてもなんとかする!など、精神的にも肉体的にもかなりフレキシブルに、たくましくなった、とも思います。

起こることには意味と理由がある。自分の殻を破るのは自分自身。

今後は、チュニジアのキリムの美しさやすばらしさ、チュニジアという国を、もっと積極的に、広範囲に紹介することにより、両国の方々の幸福、笑顔を少しでも増やしたいと思っています。
また、キリムの体系的な調査・研究、立体的な展示、かわりゆくホストファミリーの記録を残すことも行いたいと思っています。

さらには女性の地位向上や伝統保護、産業化を目的とするキリム文化センターを作ったり、次世代を担う子供たちの教育の充実、特に幼児期、家庭教育の質と量の向上を目指したこども図書館を作りたいです。
そのためには腰を据える必要があるのでチュニジアへの移住も視野に入れて・・・・と、夢は膨らむばかりです。

何事にもタイミングがあり、起こることには意味と理由があると思います。そして、その時その時に自分の役割があり、ひとつひとつのものごとや、その時の気持ちに真摯に向き合っていれば、おのずと道が開けていったように思います。
「自分の殻を破るのは自分自身、たとえ、遅くなっても、やらないよりはまし。」と、自分に言い聞かせるこの頃です。