児童養護施設を経験し、今、仲間と冒険し成長しあうドラクエ人生を歩む/阿部 華奈絵(あべ かなえ)さん《ライフシフターNo.006》

プロフィール

・ゆでたまご 代表
・重度訪問介護 介護事業部コーディネーター

東京都調布市生まれ。20歳。1997年2月3日生まれ。中学三年生までは家庭で暮らすが、親の虐待をきっかけに、高校三年間は児童養護施設で生活する。進学は経済的に厳しかったため高校卒業とともに就職をする。ポストプロダクションでテレビの映像編集の職に就くが、心身ともにボロボロに。とあるきっかけにより、「大人になっても夢を持っていいんだ!」と知り、自分の中で無意識にあきらめかけていた夢をかなえたいと一念発起。「ゆでたまご」という団体を立ち上げる。現在は、施設・里親を自立する方を応援するために自立後の様々な情報をガイドブックにして届ける活動を行っている。(2017年11月現在作成中。2018年発行予定)
また、重度訪問介護の正社員としても働いている。休暇の日には、一人旅や自然に囲まれた場所に行ったり、他分野の勉強会へ参加したり、印象的な本や映画に出会ったら作者に会いに行ったりしている。実は、それが自分の人生につながってくることがある。
座右の銘は「出る杭は打たれる、出過ぎた杭は打たれない。」「人生毎日冒険!」「学歴なんて吹き飛ばせ」
影響を受けた本は「嫌われる勇気 七つの習慣」
でも自分の中で、大きな影響を与えたのは「ドラゴンクエスト」

中学三年生の受験期、私は虐待で保護されました。進路なんて自分で選ぶ余裕もなく、行きたかった高校をあきらめざるをえませんでした。次こそ自分で進路を決めたいと思い、高校時代は勉強とバイトを両立させたたものの、思いは届かず、進学を希望するも経済的に難しいと施設職員にさとされ就職を選ぶことに。せめて就職先は自分で決めたい……と、ネットで求人募集を見つけたのですが、学校の先生に「学校の求人以外は、安全性がないから認めない」と言われ、限られた求人情報から選ぶしかありませんでした。

そうして就職したのが、ポストプロダクション。テレビの映像編集を行っていました。基本勤務時間は、「24時間」。朝の10時から翌朝の10時まで働き通し。長いときは、48時間続けて働き続けたこともありました。テレビ番組の編集というのもあり、最初は刺激的で楽しく思えていました。みんなで一つの番組を作り上げる達成感もあり、24時間あっという間でした。しかし、一睡もしないで働き続けるため、体はボロボロにに。残業代も出ることはありませんでした。

休みの日はぐったりして、遊びに行く気力もなく、疲れ切った先輩たちがつぶやく社会への不満と、自身の体の疲れによって心がむしばまれていったのです。

「いつか、ドラクエのような人生を歩みたい」という想いが……

あるとき、勤務中にふと、世の中の人間はこんなに働いているのだろうか? と疑問を抱き始めました。
小さい頃、「主人公は最初一人で旅に出る。しかし冒険していくうちに同じ志を持つ仲間ができて、ともに冒険しお互い成長しあう。そしてみんなで一つの目標を達成する」というドラクエの世界に憧れを持っていた私は、「いつか、ドラクエのような人生を歩みたい」と感じていました。
それなのに、今の自分の生き方はどうだろうか。まったくの正反対の生き方をしている……

日本人は、こんなに疲れ切っている人ばかりなのか、もっと人生を楽しく歩んでいる人はいないのか、もっと生き生きとした人生を歩んでいる人に会いたい。そう強く思ったのでした。

そして、起業家だったらパワーがあるのではないかとひらめき、インターネットで検索して見つけた社会起業大学の体験授業に申し込みました。そこには、自分の意志を強く持ち実現しようとしてる人たちがたくさんいました。「仕事をやらされているのではなく、やりたいからやっている」と語る起業家は、キラキラと輝いて見えたのです。

この時に、「大人になっても夢を持っていいんだ!」と知り、自分の中で無意識にあきらめかけていた夢をかなえたいと思いました。ドラクエのような生き方を諦めなかったことで行動につながり、自分と違う環境で生きている人たちに出会い、それが私を大きく変えました。

児童養護施設経験者の私だからできることがある

会社を辞めてから、ようやく自分の人生を自分で決められるようになりました。会社を辞め3~4ヶ月は貯金で生活し、毎日のように、起業家に会いに行ったり、勉強会に参加したりと、数ヶ月の間で、100人以上の人とお話をしてつながることができました。当時、「児童養護施設で生活していた自分は、不幸」と感じていたのですが、たくさんの人と話したことで、人にはいろんな生き方があるのだと学び、「児童養護施設経験者」というのも、ひとつの生き方なんだと気付かされたのでした。

そのとき、「これから施設里親を巣立っていく人にもいろんな生き方があるんだと伝えたい」「これから、社会に出る彼らの可能性を広げ応援していきたい」と強く感じ、声をあげました。
「ガイドブックを作りたい!!」

それからいろんな人に相談し、いつしか様々なメンバーが集まりました。イラストが得意な人、支援団体の情報に詳しい人、施設・里親から社会に出た人、PC作業が得意な人。大学の教授も協力してくれました。いろんな人の協力があり、もうすぐゆでたまごのガイドブック発行が実現します。

現在働いている重度訪問介護も、ゆでたまごの活動も、人とのつながりから発展しました。ゆでたまごの活動を応援してくれる会社なので、正社員の仕事と活動とを両立させることができています。今の生き方が、一番自分らしく、そしてゲームより楽しい人生を歩んでいる気がします。

やりたいと思ったことは全部やる。夢は少しずつでもいいから叶えていこう

白いベットに横たわり、病気か歳のせいか身体はうまく動かせない。誰かを呼んでみるが辺りは誰もいない……今にも死にそうになりながら過去のことが頭をよぎる。「体が動かせる時に思いっきりスポーツしたかった 」「いっぱいいろんな人に出会っておきたかった」若い頃にいっぱい挑戦しておけばよかったと後悔して、生き絶える………中学生の頃、そんな夢を見た。

あまりにリアルだったので、この夢から目が覚めて鏡で中学生の自分の姿を見たとき「若返った!」と錯覚したくらいでした。私はこの夢を見てからというもの、人生について考えるようになったのです。
「若い頃の辛いことも楽しいことも、ばーちゃんになれば思い出になる。だから私は絶対、やりたいと思ったことは全部やる! 夢は今すぐ叶えなくていい。少しずつ叶えていこう」

今はガイドブック発行に力を入れていますが、次の目標は、「ガイドブックを廃止すること」。ゆでたまごのガイドブックを作ろうと思ったのは、人とのつながりがなく情報が入ってこない、つまり、情報格差につながると感じたから。ガイドブックがなくても人とのつながりで情報が循環して、必要な人に情報が届くような社会を目指していきたいと考えています。