サラリーマン、起業、そして大学の学長へ。高い志とビジョンを持って常に新しいことにチャレンジする/大谷 真樹(おおたに まさき)さん《ライフシフターNo.010》

プロフィール

・学校法人光星学院 常務理事
・八戸学院大学 学長
・株式会社八戸学院グループ 代表取締役

神奈川県藤沢市と青森県八戸市の2拠点居住。毎週往復の超遠距離通勤を行っている。56歳。家族構成は、妻、長男25歳、次男21歳 犬10歳。サラリーマンを経験した後に起業。当初の予定通り10年で経営を引退し、その後、故郷の地域活性化のお手伝いをしているうちに請われて大学の教員に。そして大学付属の総合研究所所長、いつの間にか2012年学長となる。「改革できるなら自由にしても良い」と理事長に言われ、周囲の反対を押し切り幼稚園から大学までの学校名を全て変えて統合。定員割れの学生をV時回復させた。
座右の銘:「挑戦する権利と失敗する自由」
アメリカでベンチャー仲間に言われ衝撃を受けた言葉。なんでこんな当たり前の事に気付かなかったのかと。いかに日本人は「失敗しないように」という教育に毒されているかに気付かされた。
https://www.facebook.com/masakiotani55kaikaku/

大学を卒業後、何も考えずにサラリーマンの道へ。社員12万人の大企業に勤務している時にバブルとバブルの崩壊を経験しました。その後、バブルの犠牲になった親族を救うために退職し、経営再建に参加するも再建できずに事業を清算、一人で独立起業をすることに。背水の陣の後ろ向きな起業&ライフシフトでした。幸いにもちょうどインターネット革命が訪れる前夜であり、インターネットを活用したマーケティングリサーチでイノベーションを起こすことに成功。3人でスタートした会社は500人規模まで成長し、ヤフーが会社を買収しました。そして、当初の公約通り、10年で経営を引退したのです。

経営引退後は故郷である青森の地域活性化のお手伝いを始めました。

「人を残すべき」と考え、10年で100人の起業家を青森から育てることを目標にする

ヤフーに会社を譲渡して暫く次なるビジネスモデルを地元青森を中心に探していた頃、「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」という言葉に出会いました。その時、自分でもう一つの新たな事業を始めるよりは、新しいことに挑戦する若者を応援しようと決断したのです。設定した目標は、10年で100人の起業家を青森から育てることでした。その起業家たちからの貢物で暮らすのが私のビジネスモデルです(笑)今はまだ、貢物はトマト加工品やアンパンですが。

現在は、神奈川県藤沢市に家族と暮らしながら、学校法人光星学院 常務理事、八戸学院大学 学長として、青森県八戸市に毎週往復の超遠距離通勤をしています。子供には「いつの間にか知らないうちに学長になっていてびっくりした。だって大学の成績悪かったんでしょう?」と言われます。大きな判断はいつも独断でした。良くないですね(笑)でも、ライフシフトをうまく進めるには、情報を家族と共有しないとんでもない技も必要かもしれません。

学生とともに、ストイックなアスリート生活を送る

常に自分が主人公でありデザインの作品なので、ライフスタイルから肉体改造まで自己責任で取り組んでいます。結構ストイックなアスリート生活を学生と一緒にしています。
現在は自転車競技部の監督兼現役選手で、2013年世界で最も過酷な自転車大会で日本人初完走者になりました。ライフシフトして「刺激」を味わうと脳はさらなるあらゆる刺激を求めます。危ない中毒症状です。これは仕方ありませんね。ランナーズハイならぬシフターズハイ?! これを味わうともう普通の刺激には満足できなくなります。注意しましょう、サメのように24時間回遊し仕事し続けてしまいます。

「アジアと日本の未来をいい感じにつなぐ」を新たなミッションに!

自分のミッションを日本での役割からアジア全域での課題解決の役割に移し、アジアの教育格差、貧困問題、日本の人口減問題、地方都市の活性化などを解決したいと思っています。
新しいミッションは「アジアと日本の未来をいい感じにつなぐ」
具体的には、来年からフィリピンに中高一貫校とIT専門の大学をスタートさせ、フィリピンの教育と日本の人材不足業界をつなぐ教育プラス人材サービスを行います。ICTの活用や日系企業による奨学金による授業料無償化などかなりアグレッシブな取り組みです。文部科学省からシフト!?

高い志と具体的なビジョンを持ち、変化を恐れずに進めば、自ずと勝手にシフトしていきます。人生1回。みなさんも、命の使い方を常に考えてみませんか?