妊娠・出産し、里親になり、さらに町議にと、三度のライフシフトを経験/寺岡 祐子(てらおか ゆうこ)さん《ライフシフターNo.011》

プロフィール

・ファミサポアドバイザー
・自主保育「森のようちえん 森のたね」代表
・中富良野町議会議員

北海道在住。47歳。家族構成は、夫、17才男、14才男、11才女、8才女(里子)、4才男(里子)。1989年、演劇科高校を卒業後すぐ、富良野塾(ドラマ「北の国から」の脚本家倉本聰氏が主宰する役者と脚本家のための養成塾)に入塾。塾の先輩である夫と結婚し、2000年に妊娠、出産。生活が一変し、社会から断絶されたような孤独感を味わう。子育ての悩みが少しでも楽になればと、2004年、二人目出産を機に通信教育で保育士の勉強をはじめ、2006年、三人目出産後に合格。その後、自然の中で幼児期の子ども達が自由にのびのび遊べる場「森のようちえん 森のたね」を設立する。2017年4月、地域の推薦で中富良野町議会選挙に出馬し、同率二者トップ当選を果たし町議となる。
影響を受けた本、映画など:
北海道赤平市の植松電機社長植松努さんのTEDの動画


西野亮廣「革命のファンファーレ~現代のお金と広告戦略」「魔法のコンパス」
駒崎弘樹「『社会を変える』を仕事にする~社会起業家という生き方」
レイチェル・カーソン「センス・オブ・ワンダー」
https://www.facebook.com/osanaminami

演劇科高校を卒業後すぐ、ドラマ「北の国から」の脚本家倉本聰氏が主宰する役者と脚本家のための養成塾「富良野塾」に入塾しました。在塾中から役者として数多くの舞台に出演し、海外も含め全国各地いろいろな場所で公演させていただきました。役者時代は連日夜遅くまで稽古をし、昼前から動き始めるような夜型の暮らし。塾の先輩である夫と結婚した後も町内会など地域との関わりは薄く、政治や世の中の動向に対する関心も決して高くはありませんでした。自分の好きな演劇を仕事にしながら、全国各地を旅することに喜びと充実感を感じていました。

妊娠・出産を機に保育士の勉強を始める

そんな中、2000年、妊娠・出産を機に生活が一変。子育てを支えてくれる実家も近くにはなく、大好きだった演劇を続けることもできず、生活リズムが全く違う芝居仲間との繋がりも途絶え孤立。社会から断絶されたような孤独感に襲われたのです。夫も全国公演で忙しく、密室孤育てに悩む日々。望んで授かった赤ちゃんだったのに、「虐待」が他人事でないことを痛感する瞬間も体験しました。
子育ての悩みが少しでも楽になればと、2004年、二人目出産を機に通信教育で保育士の勉強をはじめ、2006年、三人目出産後に合格しました。

2007年、倉本聰氏が塾長を務める環境教育活動団体「NPO法人C・C・C富良野自然塾」を拠点に、自然の中で幼児期の子ども達が自由にのびのび遊べる場「森のようちえん 森のたね」を設立し、「みんなの大人で みんなの子どもを見守る」をモットーに週2回のサークル活動をスタートさせました。地域で繋がりができたことで、徐々に子育てが楽しくなり一気に自分の世界が広がったのです。

震災がきっかけで里親になることを決意

その後、2011年3月11日、東日本大震災をきっかけに、里親になることを決意し、同年10月に北海道に養育里親として登録しました。里子として我が家に迎え入れる子ども達の家庭環境を知り、子ども達だけでなく家庭支援の必要性を強く感じ、前向き子育てプログラム「トリプルP」(Positive Parents Program)のファシリテーター資格も取得しました。さらに2012年、子育てを通じて出逢ったママ仲間と地域で支え合う子育てのネットワークを作ろうと子育て支援のNPO法人を設立。翌年から中富良野町・上富良野町の委託を受け病児も対応するファミサポ事業の運営をスタートさせました。また2016年から、「森のようちえん 森のたね」を毎日預かりが出来る自主保育グループ活動としてリスタート。拠点も中富良野町の森林公園に移し、幼児期の子ども達の「育つ」力を最大限サポートできるよう、ひとりひとりに寄り添い関わることで、大人自身も気づきを得られるような「共に育つ場」を創っています。

地域の推薦で町議に!

2017年4月、さらなる転機が訪れます。地域の推薦で中富良野町議会選挙に出馬し、同率二者トップ当選を果たし町議となったのです。実は、地域の方に「町議にならないか」と声をかけていただいた当初、「無理無理!私には出来ない!」と考えもせずお断りしてしまいました。ですが、以前から女性が一人もいない議会に対して「誰か女性町議になってくれればいいのに」と他人任せにしていた事にハッと気づいて……「前例がなければ作れば良いじゃん!」と色々活動してきたのに、今回は逃げてるな、と思ったのです。子ども達に「どんな背中を見せたいか」考えたら「チャレンジする姿」だよねって。不安も勿論あったのですが、今までの私のように議会を遠く感じている人にも身近に感じてもらえるよう飛び込んでみようと決断しました。こんな機会は後にも先にも今だけ、挑戦しないと後悔する、とも感じました。

私が町議になって一番負担がかかるのは夫なので、まず最初に夫に相談しました。彼が反対したら無理するのはやめようと思っていたのです。実際我が家は保育園児から高校生まで5人の子育て中ですし、核家族で実家も遠いので、夫のサポートがなくては絶対に町議の仕事なんて無理だと思って。これまで私のやりたいことを理解し、いつも応援してくれてた夫にも、さすがに今回は「本気で言ってるの?」と一旦確認はされましたが、私が本気だと分かるとすぐに「応援するよ」と言ってくれました。子ども達もそれぞれの受け止め方で理解し、応援してくれています。家族には心から感謝しているし、日常的に感謝の気持ちを伝えるよう心がけています。

若い世代が議会に挑戦できるような街に

今まで子育てを通じて地域で様々な活動をしてきましたが、恥ずかしいことに議会や町政について決して関心が高い方ではなく、議場がどこにあるのかすら知らない状態でした。自分が知ろうともせず、それなのに行政に対して漠然とした不満を感じていました。一町民の自分には状況を変える力がないと無意識に諦めていたのかもしれません。議員となり直接町政に関わる立場となったことで「暮らし」と「政治」がものすごく繋がっていることを実感しています。町民の声や意識が、実際に町を動かしていくということも感じられるようになりました。役場の職員が町民の為に日々従事している姿も目の当たりにし、相互に信頼関係を築きながら共にまちづくりをしていく大切さも感じています。

わが町は私を除けば議員は男性ばかりで平均年齢も66才。これからの未来を担う若い世代の声が反映されにくい構成です。今後、若い世代がどんどん議会に挑戦していけるような町の雰囲気を創っていきたいし、町民ひとりひとりが「まちづくり」を担っているんだと実感できるよう積極的に町の皆さんとコミュニケーションを取っていきたい。信頼し合える人と人との繋がりも作っていきたいと考えています。そしてまた、私自身も移住者としての視点や、子育て世代としての肌感覚をどんどん「政治」に反映させ、これからも町の人や子ども達が生き生きのびのびと自分自身を活かして幸せを感じられるような「暮らし」を創っていきたいと思います。