外資系広告代理店でのコピーライターを辞め「子育て中心生活」を求めオーストラリア移住を決意/柳沢 有紀夫・竹内 雄紀(やなぎさわ ゆきお・たけうち ゆうき)さん《ライフシフターNo.016》

プロフィール

・海外書き人クラブお世話係/国際比較文化ライター/小説家

オーストラリア・クイーンズランド州在住。53歳。家族構成は、妻、24歳男(東京で就職)、23歳男(オーストラリア国内の別の都市で就職)、19歳女。外資系の広告代理店で12年間コピーライターとして働いた後、1999年家族でオーストラリアに移住。コピーライターからライターにシフトし、「オーストラリアにいる自分だけだとなかなか仕事が取れないけど、世界中の日本人ライターと組めば、リレー連載とか特集記事とかの企画を売り込める」と思いつき「海外書き人クラブ」という組織を立ち上げる。子育て関連の著作は『オーストラリアの小学校に子どもたちが飛びこんだ』(スリーエーネットワーク)と『子育てに必要なことはすべてアニメのパパに教わった』(中経出版)など。その他、共著も含めて現在20冊ほどの本を出版。2013年後半に竹内雄紀という別名義で新潮文庫から小説家としてデビューし、『悠木まどかは神かもしれない』(新潮文庫)、『オセロ●○』(ハルキ文庫)、『日本レンタルパパの会』(祥伝社)など、「家族」や「子育て」をテーマとした小説を出版している。
座右の銘:「人生は一度しかない。でも、生き方は一つではない」※『会社を辞めて海外で暮らそう』(スリーエーネットワーク)という本の最後に、読者のみなさんに向けて送った言葉。
「夢は、実現するためにある」※『オーストラリアで暮らしてみたら。』(JTBパブリッシング)という本の最後にしたためた言葉。

http://www.kaigaikakibito.com/

オーストラリアに移住する前、外資系の広告代理店で12年間コピーライターをしていました。クライアントあっての仕事なので残業も多いし、撮影などで土日出勤もしょっちゅう。また一時期は週に一度は東京と関西を往復するような状況でした。長男と次男が幼稚園に入るかその前ですが、帰宅が遅く会えない日がほとんどでした。当時、仕事を持たず子育てに専念していた妻から、帰宅後に「今日は子どもたちがこんなことがあった。あんなことをした」と訊くのが楽しみでした。ところがあるとき気づいたんですね。「いやいや、妻から伝聞してもらうのではなく、自分で子育てを体験したい」と。よくよく考えると、子どもが子どもである時期というのは10年とか15年とかしかない。今を逃してしまうと、「子育てをしない人生」を送ることになる、と。

一方で、仕事については、60歳で定年してそのまま社会からリタイアという人生を送るつもりはまったくありませんでした。どこかでコピーライターからライターまたは小説家にシフトして「一生社会に触れていよう」と思っていたので、当時30代前半だった私は、この先40~50年は働けるだろうと考えました。

「今逃したら一生できなくなること」と「これから一生ずっとできること」を天秤にかけたら、当然選ぶのは前者。「じゃあ、会社を辞めて『子育て中心生活』にシフトしよう」と決めたのです。

自然豊かな場所で暮らしたいとオーストラリアへ

会社を辞めるのであれば、東京にいる必要はない。もっと自然も豊かなところで暮らせばいい。と思い、最初は、妻の実家がある兵庫県で暮らそうかと考えました。でも、結婚当時「いつか、将来、オーストラリアで暮らそう」と約束していたことを思い出し、「言語も文化もまったく違った国で暮らすという新しいことを始めるのなら、パワーも適応力もある若いうちのほうがいいじゃないか」と、オーストラリアに移住することにしました。

普通なら会社を辞めるなんていうと、特にウチのように夫だけが仕事を持っている場合、奥さんに大反対されそうですが、妻は「あっ、それもいいんじゃない」とあっさり賛成してくれました。彼女自身、学生時代に海外のホームステイや交換留学を経験していたこともあり、海外生活に対する心理的バリアが全くなかったからかもしれませんが、自分が大好きな「オーストラリア移住」ということと、「やっぱり家族はいっしょにいるべき」と考えたことが大きな原因のようです。

妻の理解は簡単に得られたのですが、大変だったのが両親の説得でした。今でこそ安藤哲也さんたちが「イクメン」という言葉を広めてくれましたが、私が「子育て中心生活をしよう」を決断した1999年当時はそんな言葉もありません。サラリーマンとして立派に勤め上げた父からしたら理解に苦しむ話で、大反対されました。正直なところ、見切り発車でしたが、それでも今は「あのときのおまえの決断はただしかったなあ」と評価してくれます。

コピーライターからライター、そして小説家デビュー

「広告のスペシャリスト」ということで永住ビザを取ったのですが、オーストラリアに日本語のコピーライターの需要などありません。また広告コピーには単に文章を書く以上の言語能力が必要ですから、とてもでないですが英語でなんて書けません。そこで、「大人になったら物語を書く人になりたい」と思っていたこともあり、オーストラリアに移住してからは、コピーライターからライターにシフトしました。

とはいえ畑違いですから、最初はなかなか仕事なんかもらえません。貯蓄を切り崩して生活する感じだったので、「やっぱりどこかに就職しようかな」という気持ちも芽生えたのですが、それじゃあなんのために移住したのか、「子育て中心生活」にシフトすることにしたのかという話になってしまいます。「子育て中心生活」をするのであれば「在宅パパ」であるべきだろう、と。まあ、オーストラリアでは日本みたいに残業ばかりではなく、毎日定時で帰る人がほとんどですが……。

知り合いの知り合いとか、とにかくツテを頼って営業活動をして、一年後くらいからなんとか暮らしていける感じにはなりました。その後、「オーストラリアにいる自分だけだとなかなか仕事が取れないけど、世界中の日本人ライターと組めば、リレー連載とか特集記事とかの企画を売り込める」と思いついて「海外書き人クラブ」という組織を立ち上げました。共著も含めて現在20冊ほどの本を出しています。子育て関連としては『オーストラリアの小学校に子どもたちが飛びこんだ』(スリーエーネットワーク)と『子育てに必要なことはすべてアニメのパパに教わった』(中経出版)があります。

さらには2013年の終わりには、竹内雄紀という別名義で新潮文庫から小説家としてデビューすることができました。処女作の『悠木まどかは神かもしれない』(新潮文庫)、2作目の『オセロ●○』(ハルキ文庫)、3作目の『日本レンタルパパの会』(祥伝社)と3冊を出しています。どの作品も「家族」とか「子育て」が重要なテーマとして入っているのですが、これも「子育て中心生活」をしたおかげかなと思っています。「子育てなんてするとキャリアの足を引っ張る」と考える人もいるかもしれませんが、子育てをすることでしか見えてこないことがあります。たとえば「ああ、両親はこんなにも自分のことを愛してくれたんだなあ」という感謝は、自分が実際に子どもを持ってみて親の気持ちにならないと、「実感」まではなかなかできないものです。

「子育て中心生活」から「人生でやりたいこと中心生活」にシフト中

会社員をしていたころは「夜型人間」だったのが、移住後は完全に「朝型」になりました。何時に起きるかは特に決めてはいないのですが、だいたい5時くらいには目が覚めて、すぐに働き始めています。朝型人間になると何が良いかというと、「一日の中でもオフの時間」が作れること。午後3時までみっちり働いて、帰ってきた子どもたちとわが家にあるプールに入ったり、庭で遊んだり。毎日24時間あるのに、平日は仕事のみ、オフは土日だけっていうのもつまらないじゃないですか。

そのほかにも、移住の半年後くらいからずっとサッカーチームに所属しており、秋から春にかけてのシーズン中は毎週金曜日の夜にリーグ戦の試合をしています。たぶん日本で会社員を続けていたら、こんなことはできなかったと思います。「子育て中心生活」の「在宅パパ」という話と矛盾しているかもしれませんが、「人生を満喫している姿を見せること」も子育てなんじゃないか思っています。オヤジが辛そうな顔をしていたりため息ばかりついていたら、「大人になってつまらないものなんだな」と子どもたちが思いこんでしまいますからね。

そうした「子育て中心生活」を送ってきた私ですが、2017年に長男が東京で、次男がブリスベンから1000キロほど離れた街で就職して巣立ち、娘はあと2年大学ですが、もう手がかかる歳でもなくなり、子育て生活から卒業する時期に来ています。次は「人生でやりたいこと中心生活」にシフトしていく時間です。せっかく夢だった小説家になったのだから、これからもっと小説を出したいと思い、小説家・竹内雄紀をブレイクさせてくれる版元を探しているところです。寝かせておくにはもったいない原稿がたくさんあるので。

「子育て中心生活」や「海外生活」など、今までの経験を伝える仕事も増やしていきたいと考えています。また、「在宅勤務」の働きかけもしていけたらと思っています。会社員でも子育てを満喫できる仕組みを生み出せたら良いですよね。これからチャレンジしたいことはまだまだあります。

ライフシフトっていうのは、「目的」ではなく「手段」なんです。「自分が人生でやりたいこと」を考えてみてください。「夢」を思い出してみてください。それが今実現できているのであれば、ライフシフトなんてする必要はまったくありません。でもそうでないとしたら……。

多くの日本人は自分で考えずに、「前例がない」「他がやっていない」「外国でも例がない」でやめてしまいますが、「だからこそ自分が最初にやる」ほうが楽しいじゃないですか。誰もやっていないことをやれば、その時点であなたはその世界の「第一人者」です。おもしろいですよ、自分の人生を生きるってことは。