肩書きはいずれ無くなるもの。複業で自分自身を高め、いずれ「自分の名前だけの名刺」への収れんを目指す/酒井章さん(ライフシフト年齢55歳)

プロフィール
酒井章さん(ライフシフターNo.40)

1959年生まれ。東京都在住。
広告会社においてクリエイティブ職、営業職、マーケティング職を経て、2004年よりシンガポールに駐在。現地において企業内大学を設立する。2011年帰任後はグローバル部門を経て現在、人事局で社員のキャリア形成支援と組織開発を担当。2015年よりNPO法人「二枚目の名刺」に参加しているほか、大学において各種講座(キャリアデザイン、国際ビジネスコミュニケーション論、ダイバーシティ)を担当。
2018年より、早稲田大学エクステンションセンター・WASEDA NEOのプログラム・プロデューサーとして社会人のリカレント教育のデザインを行っているほか、汐留地区エリアの企業・行政・NPOなどクロスセクターのコンソーシアムを推進中。より幅広く柔軟な時間の使い方をしており、平日と週末の「境目のない」生活を送っている。

影響を受けた本
「センス・オブ・ワンダー」(レイチェル・カールソン)
「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか」(山口周)

影響を受けた映画
「メッセージ」
「サウンド・オブ・ミュージック」

以前の私は、大手広告代理店の典型的なハードワーカーであり、会社での仕事が人生の全てという生活を送っていました。平日は徹夜も厭わず働き、週末は映画を鑑賞するぐらいしかしておらず、人脈もほぼ社内に限られるという、単線的なライフスタイルだったのです。
とは言え、仕事自体は面白くてエキサイティングで、飽きることは全くありませんでした。

キャリアに対する考え方が変わった、シンガポールでの駐在経験

そんな私に転換期が訪れます。入社後、クリエイティブ部門を2年経験したのち、営業部門に軸足を移していたのですが、私が営業を担当していた国内最大手の自動車メーカーが、2004年、45歳の時にアジアの拠点をシンガポールに新設することになったのです。そこで、営業担当の私も一緒に海外赴任し、クライアントのアジアにおけるブランディングを推し進めながら、自社の現地ネットワークを立ち上げました。

シンガポールでの駐在時に一番驚いたことは、「簡単に人が転職する」ということです。現地で採用した職員の30~40%もの人々が1年間で組織を去り、2~3年弱の期間で全ての職員が入れ替わるのです。そしてそんな彼ら彼女らの転職の動機は、今の役割をベースにステップアップしたい、いずれは欧米の一流企業に移りたい、自分の人材価値をさらに高めたいという「成長したい願望」です。職員それぞれがセルフブランディングに強い関心を持ち、行動していることが強く印象に残りました。
また、これらのシンガポールでの経験は、私自身のキャリアに対する考え方や、後に担当することになる人事局での仕事にも大きな影響を与えることになりました。

20数年間、経験を積み上げてきた営業・グローバル部門から人事局へ異動。「キャリア」について真剣に考え始める。

シンガポールでの仕事を終え、2011年3月に帰国して数年間は、会社のグローバル部門の仕事に携わっていましたが、2014年6月、55歳の時に大きな転機が訪れます。それまでの営業・グローバルという磨き上げてきたキャリアから離れ、人事局へ異動となったのです。会社の戦略がグローバル化に大きく転換していく局面で、シンガポールで身につけたグローバルな視点と経験が必要とされての異動でした。相対評価の導入や役職定年年齢の引き下げなど人事制度も変更される中で、私自身、初めて「キャリア」について真剣に考え始めました。

人事局では社員のキャリア形成支援と組織開発を担当することになったため、社内だけでなく社外も含めたあらゆるリソースを活かそうと、キャリアカウンセラーの資格も取得しました。社員全体の自律的キャリア形成の実現に向けて、会社員としてのキャリアの第4コーナーを「腹をくくって」やりきりたいと思ったのです。

NPO法人のメンバーの一員になり、「自律的キャリア形成」に外側からも取り組むことに。

そんな変化があった2014年の年末に、NPO法人二枚目の名刺の代表に誘われたため、迷うことなくNPOの合宿に参加しました。このNPOは、組織や立場を超えて社会のこれからを創ることに取り組む団体で、企業人だけでなく省庁の職員もいて、社会課題に対する意識の高い人たちが集まっていると感じていました。

そして実際に参加した合宿で、若いメンバーの「本気」に共感することができ、これからも共に歩みたいと思いました。そのため、私自身の経験を活かしてできることはなんでもやり、持っているノウハウは惜しみなく伝えようと気持ちを固め、年が明けた2015年1月に、正式なメンバーの一員となりました。これにより、「自律的キャリア形成」という課題に、企業の中だけでなく外側からも取り組むことになったのです。

肩書きはいずれ無くなるもの。個人のスキルで勝負する「自分の名前だけの名刺」への収れんを目指す。

今、様々なご縁に恵まれて、私には10個ほどの立場があります。企業の人事局、企業の横断ユニットから派生した社内ラボの一員、キャリアカウンセラー、ワークショップデザイナー、NPO法人二枚目の名刺の一員、海外事業の経験を請われ関わっている早稲田大学(アジア・サービスビジネス研究所)の客員研究員などです。

一見すると、非常に多忙で混乱するのではと思われるかもしれませんが、それぞれの仕事に境目はなく、どれ一つとして欠かせないものになっています。一つひとつの役割は異なっているようでも、自分自身の中では相互に関係しており、補完しながら相乗効果を高められるからです。

そして、これらの立場の役割をそれぞれ果たすために、時間の使い方で工夫していることと言えば、朝の時間を有効活用することでしょうか。本や資料の読み込みや、資料作成を集中して行うことによって、限られた時間を効果的に使おうと考えています。

肩書きというのはいずれ無くなるものです。そのため、会社を離れても個人のスキルで勝負する、「自分の名前だけの名刺」に収れんしていくことを目指しています。自分が何者なのかを丁寧に形作っていき、自分だけの将来像を築いていく。そして、立場の異なる別々のキャリアも時間を重ね、いずれは自然と統合されていく。企業の人事局として、社員のキャリア形成を支援する立場ですが、自分自身の自律的キャリアの形成も体現していきたいです。

なお、私が勤めている会社では、①業務外であること、②業務と抵触する内容でないこと、といった条件を満たしている場合は社内で申請することができるのですが、私の場合、例えば大学院の講師は、この規定により社内申請し了承されたので、一定の収入を得ることができています。

過渡期だからこそ、予期せぬ変化を楽しみながら柔軟に対応する「インプロビゼーション(即興性)」が大切。

「仕事」には3つの段階があるとされています。1つ目は、「Job」=日々の業務、2つ目は、「Career」=職業経験の積み重ね、そして3つ目が「Calling」=天職。これまで経験し得てきたものを統合し、天職として役割を果たすことが、社会にとっても自分自身にとっても意味のある人生につながっていきます。

そしてそのためには、自分とは異なる価値観を受け入れていく多様性の理解はもちろん、生産性と創造性のバランスや、インプロビゼーション(即興性)が重要だと思います。
生産性だけを突き詰めたらただの機械になってしまいますので、生身の人間が追及するものではありません。生産性を上げつつ新たな何かを生み出す創造性を磨くことこそが大切なのです。

また、今、世の中は過渡期にあります。過去の価値観から脱却し、環境の変化を前向きに受け入れ、適応していくことが求められている局面こそ、予期せぬ変化を楽しみながら柔軟に対応する「インプロビゼーション(即興性)」が大切なのです。

まず、小さなことから「アクション」をしてみることが大切です。そして、自分自身を客観的に見つめ、自分で考えて行動すること。そういったことを積み重ね続けることが、One and Onlyの「力と価値」になると思います。また、私自身は一昨年から太極拳をはじめましたが、身体だけでなく、「心身のバランス」に意識を向けることも大切だと思います。

2018年6月に結婚したばかりですが、パートナーの存在も大きく感じています。特に、朝、一緒に食事をする静かで落ち着いた時間に幸福感を覚えます。現在は、すべての瞬間において、「パートナーがいて良かった」と感じています。ある年齢に達しての結婚なので、お互い、包み隠すことや格好をつける必要もなく、「自然体」でいることができるのがいいなと思っています。

以前、会社でご講演をされた全盲の弁護士・大胡田誠さんが「心は何処にあるのか?」というお話をされ、心は「誰かを思う時、その人との間に生まれる」とおっしゃっていました。その言葉が強く心に残っていたのですが、結婚して、まさに、生まれて初めて、自分に、人として一番大事な「心」が生まれたような感覚になりました。

パートナーとは、いつまでも、お互いの「一番の応援団」でい続けよう、と話し合っています。13歳の歳の差なのですが、私が113歳、彼女が100歳の時に、一緒に「ピンピン、コロリ」できたらいいね、とも話しています。そう都合よくはいかないでしょうが(笑)。