40歳目前で気づいた「学びたい」という気持ち。商社に勤務しながら自費で大学院へ/行廣和彦さん(総合商社勤務/ライフシフト年齢40歳)

プロフィール

行廣和彦さん(ライフシフターNO.48)
総合商社勤務

東京都在住、43歳。「ビジネスを通して世界中の人々を“動機づけたい”」という想いから、大学卒業後は世界を股にかける大手総合商社に就職。営業、戦略立案、経営企画等さまざまな業務に従事し、海外生産戦略室室長や新規事業開発責任者を勤めた経験も持つ。2015年4月、勤務を続けながら大学院に入学。2017年3月に修了、事業構想士(MPD)を取得。習得した学びを生かしながら、企業人として日々、成長している。妻、2人の息子(長男9歳、次男6歳)の4人家族

・座右の銘 和を以て貴しとなす

https://www.projectdesign.jp/201602/newyear-discussion/002699.php

 

座学よりも、人とのかかわりの中から学ぶことを大事にした学生時代

現在私は、大手総合商社に勤めています。1998年の入社当時より事業会社に出向し、株主と現場の両方の視点から営業、戦略立案、経営企画等、さまざまな業務に従事してきました。2015年からは、テレビショッピング通販を展開する会社に出向しています。

大学時代は、経済学部に在籍していました。ただ、大学では「座学で学ぶ」というよりも、多様な立場の人との触れあいの中から学ぶことを大切にしていたように思います。具体的には幼少期から続けてきたサッカーを通じて、友人と大学の垣根を越えたサッカーチームを作ったり、自分が卒業した中学校や高校でコーチを務めたり、時間を見つけて友人たちとストリートサッカーに参加したり…サッカーを通じて、多くの多様な立場の方々と触れ合うことができました。こうした活動を通じてコミュニケーションの重要性を学びましたし、複数名が一緒になって1つのことを達成するための組織運営の難しさなども身をもって体験しましたね。また、大学1年生の1月、阪神淡路大震災発生時には、バックパック1つで災害ボランティアに参加し現地で過ごした約2ヶ月は、今も忘れられない経験です。

総合商社入社後は、事業会社で営業や海外駐在、経営企画を経験

学生生活も後半に差しかかると、就職活動が始まります。私は「ビジネスを通して世界中の人々を“動機づけたい”」という自身の想いを、仕事を選ぶ軸に設定しました。

そして、1998年に現在の会社に入社しました。入社後すぐに出向したのは、ファッション・繊維関連の専門商社で、輸入販売営業を担当。2004年から2006年の2年間は語学研修ということで北京・大連に駐在し、帰国後、同じ事業会社で管理職として営業、海外生産戦略室室長及び新規事業開発責任者を任されました。2015年からはテレビショッピング通販を展開する会社に出向しています。複数の会社に出向し、様々な業務を担うことで複眼的に学んだことがたくさんあります。いろいろな業界が淘汰されていく現代社会において、10年、20年先を見据えたときには、どのようなサービスが求められるのかな、と考えます。

ライフイベントや仕事の変化で忙しかった30代は、「学び」から逃げていた

2015年4月、私は事業構想大学院大学に入学しました。入学を考えはじめた契機は、ふと飛び込んできたFacebookの広告です(笑)。Facebook上に表示される広告記事に後輩が「いいね」をつけているのを見て、私も興味を持ち、その日の夜には説明を聞きに行きました。説明会では、事業構想大学院大学は2012年に設立されたまだ新しい大学院であること、経営を管理することを学ぶ「MBA(経営学修士)」とは一線を画し、事業をゼロから構想し実現する方法を学ぶところに特徴があることを知りました。

元々、40歳になる前に漠然と「何か学びたい」とは考えていました。自分自身のキャリアを振り返ったとき、30代は海外赴任、結婚、転勤、子どもの誕生、仕事の変化等々、さまざまな変化が一気に押し寄せて、学ぶことから逃げていた自分に気づいたからです。

また当時の仕事が、出向先の新規事業開発責任者だったことで、新しい事業を構築するための考え方を学び、実践できる場所を求めていたのだと思います。新規事業を開発するために求められる力と、すでにある事業を管理したり、拡大するために必要な力とは全く異なるものだと実感していたんですね。

大学院は未知の世界だったためそれまで具体的に考えたことはありませんでしたが、同大学院大学での学びこそ、自分が求めていたことだと感じ進学を決心したのです。ちなみに模擬講義を受けた日のワークショップのお題が「100年後の携帯電話がどうなっているか? 30分で考えて発表してください」という衝撃的なものでした。

受験するにあたって特別な勉強はしていません。一次選考は研究計画書による書類選考、二次選考は面接と筆記試験でしたが、いわゆる学力テストとは異なり、発想力やコミュニケーション力などを問うもので、事前準備が必要なものではありませんでした。

多彩な教師陣、クラスメイトと2年間学び、「事業構想士」を取得

大学院では、2年間で「事業を構想」します。クラスは1学年約30名の少人数制。年齢は30歳以上の社会人で、医師、デザイナー、元個人事業主、コンサル会社社長、ファンド出身者、大手メーカーの新規事業開発担当者、有名建築デザイナー等々、みなさん様々なバックグラウンドをお持ちでした。

1年目には、自分がどのような社会課題を解決したいかという「仮説の構想」を設定し、事業を作り上げるプロセスを実践的に学びます。素晴らしい実務家の教授陣の講義、多彩なゲスト陣にお話を伺うことができたのは貴重な機会で、多くの刺激をいただきました。

2年目は2つのゼミに登録し、自分が構想する事業について、教授とゼミ仲間と一緒に少人数でのディスカッションを徹底的に繰り返します。濃密なディスカッションを通して、自分の構想を練り上げ、突き詰めていくプロセスは正直苦しかったのですが、いざ事業化をするとなった場面に限りなく近いシミュレーションだったと思っています。そして在学中には全教授陣に向けて自身の構想をプレゼンし、最終的に1つにまとめた「事業構想計画書」 を提出して修了です。私の事業構想は、現業とは全く異なる構想です。日本の寄付会社の課題に焦点を当て、“社会貢献型の新しいビジネスモデル”を構想しました。卒業後も、引き続き人と会ったり、構想を練り続けています。

私は2017年3月に修了し、事業構想士(MPD: Master of Project Design)を取得しました。

商社勤務と大学院生の両立を可能にした家族の存在と時間術

大学院の学費は年間160万円ほど。純粋に自分の人生への投資が目的だったわけですが、当時は厚生労働省の教育訓練給付金の対象校になっていなかったので全額自己負担でした。人生のための自己投資、車を買ったりするより有益なお金の使い方だな、と思っての決断です。妻も自己研鑽と向上心については、応援してくれました。「学費はいつか結果で返してね」と快く送り出してくれたことには、本当に感謝しています。平日だけでなく土曜日は朝から晩まで授業を取っていたので、2年間の土曜日はほぼ父親不在の状態。子どもたちの世話では、相当妻に負担をかけたと思います。

大学院は表参道から歩いて5分という非常に便利な立地で、これなら退社後に通いやすいというのも入学を決めた理由でしたが、入学を決めてすぐに別の事業会社に異動が決まり、更に勤務地が都心から千葉県に変わったため、時間の使い方でとても苦労しました。平日の夜の講義に遅れて出席することも少なくなく、通勤中に講義動画を見たり、定時で退社するために早朝に出勤して業務を片付けたり、通勤途中のカフェで大学院の課題をしたり、ベンチャーの社長と朝活したり、とにかく時間をいかに有効活用するかを常に真剣に考えていた気がします。おかげさまで、20年近く続けていた夜型の生活リズムが180度変わったのも、大きな収穫だったと思っています。

このように苦労はしましたが、2年間の学びを通して、私はとても大きなものを得ることができました。まず将来のこと、未来のことを意識し、常に次の事・新しい事を考えるくせがついたように思います。また大企業にいるとなかなか気づきにくい発想ですが、「社会課題の解決」という視点が自分の発想の起点となったことは非常に大きいと思います。そして企業の中で仕事をしているだけでは出会うチャンスのなかったはずの多彩な実務家の教授陣やゲスト、ゼミの仲間とのネットワークは、私にとって生涯の財産です。

今、私は、企業人として成長することに加えて、自分自身のライフワークとして在学中に手がけた事業構想を具現化していきたいと考えています。そして、一生かけてやりたいことを、これからも探していきたいと思っています。私がこのように考えられるようになったのは、大学院での学びのおかげです。学びの機会に年齢は関係ないし、高尚な理由も必要ないと思います。まずは、興味があるなら飛び込むこと。賛否あると思いますが…学ぶ理由は、後から固めてもいいと思いますよ。