60歳を機に、東京から京都へ移住。職住隣接のミニマムライフで生涯現役を目指す/佐久間憲一さん(株式会社牧野出版 代表取締役/ライフシフト年齢60歳)

プロフィール

佐久間憲一さん(ライフシフターNO.53)
・株式会社牧野出版 代表取締役

東京都出身、京都府在住、61歳。大学卒業後、1982年4月に新潮社に入社し、2001年6月退社。バジリコ株式会社の常務取締役。2002年9月に退社し、10月からポプラ社でポプラビーチ編集室を立ち上げ室長となる。2004年牧野出版株式会社を買収し、代表取締役に就任する。2017年、60歳のときに妻と共に京都へ移住。同時に、役員1名と経理担当だけを東京に配置し、事業拠点を京都に移して企画編集から庶務、雑務一般までを一人でこなす。京町家を改修した建物の2階を住居・1階をオフィスにした「職住隣接」生活を送る。

家族:妻
座右の銘:「人生とは日々苦戦の連続である」(立花隆)・「人生成り行き」(立川談志)

京都市の協力を得ながらのReadyforとのクラウドファンディングが11月9日スタート。50日間の予定で12月28日まで募集。
https://readyfor.jp/projects/nishidai318

自宅1階にブック・カフェをつくる「プロローグプロジェクト」facebookページ
https://www.facebook.com/nishidaikokucho/?modal=admin_todo_tour

 

就職して37年、絶えずかかわってきた出版業界

私は、初めての就職から現在に至るまで、ずっと出版業界に携わっています。流石に長年かかわっていると、業界の酸いも甘いも嚙み分けてきましたよ(笑)。大学を卒業し、まず就職したのは株式会社 新潮社。新卒で配属されたのが日本初の写真週刊誌『FOCUS』の編集部。所属したのが、事件・事故・災害から、芸能スキャンダルに政治・経済までを扱う「スクープ班」。政治家、プロスポーツ選手、殺人事件の容疑者、反社会的組織など多岐にわたる方に取材をし、その後の出版人としての「人格」はこの時代に作られたと我ながら思っています。47都道府県を取材で巡り、在籍すること8年。書籍の部署に移ってからは、文芸からノンフィクションに翻訳書、写真集に生活実用的なものまで、ここでもオールジャンルで企画を提案し、本を作っていましたね。退職直前には、ノンフィクションや実用書を中心とした「新潮OH! 文庫」を自ら企画し創刊、編集長を務めました。2001年6月に退社するまで、丸19年の在籍でした。そのすぐ後に、バジリコ株式会社の常務取締役に就任。2002年9月に退社し、同年10月からは株式会社 ポプラ社に勤務しました。

その後、株式会社ポプラ社を退社し、2004年2月に牧野出版株式会社を買収。以降は自身が代表取締役を務める形で、同社を運営しています。実は新潮社を退職したのは、「自分で出版社をやりたい」という思いからでした。それが気がづけばまた出版社の社員になっている…この繰り返しでは、いくら働きやすく待遇がよくても、「かつて会社を辞めた意味がないな」と思うようになっていた時期でしたので、とてもよいタイミングでの買収だったと思います。でも業界全体の売り上げのピークは1996〜1997年頃。今は売上は半減、様々なもののデジタル化による影響も大きく、出版業界を取り巻く環境は非常に厳しいものがある、と言わざるを得ないのが実情です。

「生涯現役」実現のための戦略は、暮らしのミニマイズ

牧野出版株式会社の運営を担うようになって13年が経過した昨年、ちょうど60歳を迎えたタイミングで今後の方向性について考えました。好きでやってきたこの仕事ですが、業界の置かれている状況も先行き明るくはない、さてどうするか、と。しばらく考えた末に出した私の答えは「生涯現役」。引退は考えないことに決め、どうすれば生涯現役で働き続けることができるか戦略を立てていきました。会社運営に関わる大部分の仕事を私自身が担うことで、スタッフの数を最小化しよう。大部分の仕事を私一人で賄うことができるのであれば、自宅からオフィスへの通勤時間とコストも最小化しよう。だったらいっそのこと、「職住隣接」にしてはどうだろう、同時に自宅兼オフィスの一部を様ざまな人が出会うブック・カフェにしたらどうか、と。

実はかねてから、年齢や性別、職業に関係なく様ざまな人たちが集まる場所を作りたい、という強烈な思いがありました。と言うのも、私が出版業界に入ったころは、こういった場(店)があちこちにあったのです。ある時は、気軽に立ち寄れるブックカフェで寛ぎながら、思索にふける。またある時は、自らが講師となってセミナーを主催する。定年退職したサラリーマンでも、学生でも、職人でも、研究者でも、誰もが集うことのできる場。誰でも何かしら、話すことが出来る〈得意技〉のひとつやふたつは持っているものです。共に学び、教え合うことで始まる場所です。ここに来れば、面白いことがある、発見がある、出会いがある。私自身がそういった場所で鍛えられ、素晴らしい出会いを得たこと、それが今なお貴重な経験として生きています。

また、たまたまなのですが、2017年4月にプライベートな集まりで京都市長と会食したとき、市が仕事もセットにした形での移住促進に力を入れていることを知りました。考えてみれば、京都は観光資源に加えて、文化的にも多種多様なコンテンツが詰まった街です。交通の面でも、大阪、奈良まで1時間以内、大津へは10分、伊丹空港、関西空港へはリムジンバスで約1時間、東京行きの新幹線は10分おきにある、とハブ的要素を備えています。

このような状況を鑑みて、私は「暮らしのミニマイズ」と「様々な人が出会う場づくり」というコンセプトを、京都に移住して実現することに決めました。そして2017年のGW明けから、京都市の移住担当者から紹介された不動産屋を中心に物件を探し始めたのです。私が求めていたのは、市内、町中にある京町家で改装自由の賃貸物件。15件ほどを見て回ったところで現在の物件に出会い、私の計画意図を大家さんもご理解くださって無事に契約に至りました。

移住で変わった私のライフスタイル

京都への移住は2017年8月です。まずは仮住まいに転居し、町家改修のための設計が出来上がったのが年末。年明けから2階の改修に着手し、終わったのが2018年3月。同年4月から、牧野出版株式会社の事業拠点を京都に移しました。役員1名とと経理担当だけを東京に配置、企画編集から庶務、雑務一般については私一人でこなしています。本の製作過程におけるDTP(desktop publishing)、デザインワーク、印刷に関しては、これまでのお付き合いの兼ね合いから東京にある各々の外注先に委託しています。

古い町家を改装して2階は住居、1階はオフィスとブック・カフェ&コミュニティ・スペースを作るというのが、当初からの私の構想です。2階の改修は既に終わっているので、いよいよ1階部分に着手。京都市の協力を得ながらクラウドファンディングも活用し、2019年にはオープンさせたいと思っています。スペースでの具体的なイベントや活用方法については、関係者へのネゴや集客方法の構築など、すでに活動を始めています。

京都に対する「いけず」なイメージが先行するあまり、「移住への不安」を聞かれることがありますが、私の場合、知人や友人の在住もあって不安はほとんどありませんでした。数年前から年に何度か一緒に京都を訪れていた妻も、町の様子など気に入っていたようです。それまでは26年間吉祥寺に住んでいましたが、街の様子が目まぐるしく変わるもので、夫婦共にかつてほどその土地への思い入れがなくなってしまったことも大きいかもしれません。

それよりも、1990年代半ばをピークに右肩下がりの出版業界、新たに会社を買収し、拠点整備も整えたところで、ちゃんと仕事を作れるだろうか、という仕事の継続に対する不安の方が大きかったです。ただよく考えれば、この不安は東京にいてもありましたよね(笑)。もうひとつ気がかりだったのは、横浜で一人暮らしをする87歳の母親のことです。東京に住む姉に頼んでいるし大丈夫かなと思う部分もありますが、結論から言うと以前よりも母に頻繁に会うようになりました。と言うもの、月1回以上打ち合わせや情報収集のために上京する度に、実家に泊まっているからです。

古都の驚くべきスピード感

2階が住居・1階がオフィスという形での職住隣接。気がつくと仕事に没頭してしまい、終日外に出ないこともあるので、運動不足になりがち。なので、意識的に歩いたり、自転車に乗って出かけたりするように心がけています。京都は狭い街なので、徒歩と自転車で市内主要地域のほとんどに行くことができます。カルチャー的要素にも事欠かず、自転車で10分圏内にシネコン2ヶ所、インディーズ系の映画館1ヶ所。博物館や美術館、ギャラリーもあります。安くて美味しい飲食店もいたるところにあるので、町歩きが楽しい。東京時代よりも、今の方がはるかに好奇心を刺激して止まない環境にいることを実感しています。

また、街の狭さが同時に人間関係の密度と速度に関係していることを、身を以て体験しています。日々、多くの出会いがありますが、その人と私自身が、既にどこかで、誰かを通して繋がっているということも度々。お互いに知人を紹介し合うことも頻繁にあるし、紹介した相手と今週、来週に会いましょうという流れが日常的です。古都京都のゆったりしたイメージとは逆に、とにかくスピード感がすごいです。「ブックカフェ&コミュニティ・スペース」を早く立ち上げ活動を始めたいと思っています。

場所(店)の名称は〈プロローグ〉。すべてが、ここから「始まる」との思いから、この名称をつけました。ここを拠点として地域コミュニティを作っていく活動が〈プロローグ・プロジェクト〉です。セミナーや勉強会の他にも、京都の伝統工芸職人の方々に地元の高校生がその仕事の内容をインタビューしアーカイブ化していく、そのためのレクチャー講座を聞き書きのプロを招いて行う。または、京都への移住者同士の情報ネットワークを新たな視点で捉え直して移住促進をはかっていくことも考えています。

不確定な未来、だからこそ楽しむ

仕事柄、本はよく読むし、映画もよく見る方だと思います。その時の自分が置かれている状況や心境によって、本からも映画からもたくさんの影響を受けているかもしれません。松尾芭蕉のように…とはいきませんが、「旅するように生きたい」という気持ちは以前からあり、それが今回の移住、私のライフシフトに繋がったのかもしれないな、とふとした瞬間に思ったりもします。

思い立ったときが、行動の始まり。決定打を放とうとは思わずに、3割打者を目指す。相撲で言えば9勝6敗、ってところでしょうか。敗退してもすぐ立ち直ることができるレジリエンスな力、折れない心ではなく折れてもじきに修復できる心、思い立って何かにチャレンジするときには、これが何よりも大事だと思いますね。

逆説的な言い方になってしまいますが、「人生100年時代」とはいえ、私は長生きできる、長生きしたい、と思わない方がいいと考えています。つまり、我執に囚われない。今日をいかに生きるか、ということです。その先にしか未来はないですし、いつだって未来は不確定。何が起こっても対応できる身軽さと楽天性が、人生には大切ですね。